AIとアンドロイド・トレーンの話
学生の頃、自分はジャズのビッグバンドのクラブに所属していて、夏休みでも毎日朝から晩まで部室でずっとベース(ウッドベース=コントラバスですね)を弾いていました。
メトロノーム等を使った練習等ももちろんやってはいたのですが、土日ともなると卒業した先輩達も楽器を持って部室に顔を出してくれて、そうなるともう音出し禁止の時刻になるまで、”せんいち”(ジャズのスタンダードのメロディとコード進行が載っている分厚い本)の中から先輩方が好きな曲を選び延々数時間演奏し続けるという毎日でした。
音出し禁止の時刻が過ぎると、先輩が「おい、くりやま、ちょっとビール買ってこいよ」と言って千円札を何枚か渡してくれました。 部室から酒屋までは自転車でも5〜6分は掛かる距離にあって、一年生の自分がいつもパシっていた訳です。(ただ、自分のビール代は奢ってもらえた訳ですが)
自分がビールを買って部室に戻ってくると、ちょうど管楽器等の片付けも終わっていて、先輩達と大学の本館前の芝生に座って適当な話をしながらビールを飲んで、やがて眠くなった人から流れ解散してました。(大学が駅から離れていて、近くには飲み屋が一軒しか無く、そもそも学生は金がないので芝生で缶ビールがせいぜいだった訳です)
そんなある夜、その時はトロンボーンの先輩とギターの先輩と自分(ベース)の三人だけで、例によって少しこんもりと盛り上がった芝生の上でビールを飲んでいたところ、ギターの先輩がアンドロイド(スマフォじゃないですよ、人造人間の方)の話を始めたんです。
ここに本物のコルトレーンと全く見分けが付かないアンドロイドがいて、本物のコルトレーンと全く同じ様にテナーを演奏すると仮定する。 アンドロイド・トレーンはどこから見ても正真正銘のコルトレーンで、我々はあるジャズクラブの最前列で彼の(と言って良いでしょう)の演奏を聴いている。 しかし、我々にはそれが「本物」なのか「アンドロド」なのかを知らされてはいない、とする。
さて、この時、ステージ上のコルトレーンを見て、演奏を聴いて、我々にはそれがアンドロイドかそれとも本物なのか判断出来るだろうか?(既にコルトレーンは亡くなっていたけど、一応生きてると仮定して)
トロンボーンの先輩は「オレは絶対本物か偽物アンドロイドか判る」と言い張った。
「でも、見分けが付かないという仮定だよ?」とギターの先輩が言う。
「いや、そういう問題じゃないんだよ、オレには絶対判る」とトロンボーンの先輩。
「絶対わからないって。 それはもう本物のコルトレーンなんだよ。」とギターの先輩。
「くりやまはどう?」って聞かれたけど、自分にはどうにも良く判らなかった。 条件を考えればギターの先輩が言うように見分けが付かない以上、本物と言い得るという気がしたんだけど、トロンボーンの先輩の気持ちも痛いほど良くわかった。 もしも見分けが付かなかったとしたら(見分けが付かないという条件なんだからそもそも矛盾してるんだけど)、何か大切なものを一つ失ってしまった様な気がしてしまうんじゃないかって。
実は話はここで終わり。 結局何の結論も得られないままに酔っ払った三人はそれぞれ自宅へ帰っていきました。
「オレは絶対に判る」と言い張ったトロンボーンの先輩は居酒屋の主人になった。
「絶対わからないって」と言ったギターの先輩は今では長く続くIT会社の社長をやってる。
どっちつかずの自分は、結局どっちつかずなまま一人でプログラムを書いている。
さっきmastodonにAIによるアートの話題が流れてきて、あんまりそれと関係は無いんだけど急に40年前の暑い夏の夜のことを思い出しました。(この話、たぶんネットに書くの3回目な気がします。 読んだことある方もいるかも)